パキスタン
国旗のデザインの由来
パキスタンの国旗は、緑月旗(サブズ・ヒラリ・パルチャム)、緑の三日月旗の愛称で呼ばれています。
新月と星はイスラム教をあらわすシンボル。また深緑色も、イスラムの国々では聖なる色とされていて、典型的なイスラム教国の国旗です。
白と緑は平和と繁栄、月は進歩と発展、星は光と知識をあらわしています。旗竿側の白いパネル部分は、国教のイスラム教以外を信仰している国民への寛大な心をあらわすとされています。
独立前から全インド・ムスリム連盟(イスラム教徒の政治団体)で使われていた旗が原型になりました。当時は地色は緑一色でしたが、独立して新しい国になる時、パキスタンに住むことになるムスリム以外の人々との融合を願い、白いパネルが加えられました。
パキスタンの国名について
ヒンドゥスターニー語で、「パク(神聖な、清浄な)」と、地名接尾語の「スタン(国、地方)」が合わさった国名。
また、この地を構成する5つの地方、パンジャブ(P)、アフガン(A)、カシミール(K)、シンド(S)の頭文字と、バルチスタン(STAN)を組み合わせた造語だという説もある。
パキスタンの国旗の歴史
19世紀にはパキスタンは、ヴィクトリア女王を皇帝とするイギリス領インドとして、現在のインドと同一の政府下に置かれていました。
第二次世界大戦でイギリスは勝利したものの、戦争で疲弊して国力が低下します。脱植民地化の流れも強まる中、イギリスは最大の植民地インド帝国から去ることを決定しました。しかしそれまで、インドの独立を抑え込んでいたイギリス。その方法は、巧妙な分割統治を行い、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒を対立させるというやり方でした。
いざ独立を進めようとすると、両者の争いは激しさを増していました。そのため独立はスムーズには行われず、連日連夜論議が交わされました。
当時のインドでは、イスラム教徒は7人に1人。インドの独立の父で知られるガンディーらは「ひとつのインド」としての独立を望みましたが、イスラム教徒らは、彼らの聖なる国「パキスタン」の建国を望みました。
このときに活躍したのが、のちに「パキスタン建国の父」と称えられているムハンマド・アリー・ジンナー。パキスタンの国旗を作った人物です。ジンナーは、全インド・ムスリム連盟の指導者のひとりとして、ヒンドゥー教が圧倒的に多いこの地でムスリム(イスラム教徒のこと)の権利を守るためには、統一インドとは別の独立国家が必要だと主張しました。
第二次世界大戦中の1940年、ムスリム連盟ラホール大会で、ジンナー は「インドのヒンドゥーとムスリムは、互いに異なった民族である」ということを主張する歴史的な演説を行います(パキスタン決議)。これがのちにパキスタン建国の基礎となり、最後はイギリス領インド総督の手によって分離独立が決定されたのです。
インドから分離独立する3日前、憲法を決める会議が行われました。初代総督になったジンナーがデザインした国旗を、アリー・ハーン初代首相が議場に提示し「この旗のもと、新しい国の建設に努めよう」と演説し、現在の国旗が制定されました。
全インド・ムスリム連盟の旗
現在の国旗の原型になった旗。今の国旗と比べると、地色が緑一色で、トルコの国旗と色違いのような印象です。(三日月や星の形が少し違います)
この旗はもともと、1906年に全インド・ムスリム連盟が発足したときにできました。
(全インド・ムスリム連盟は、ガンディー率いる国民議会に対抗するため、イギリスの指導で結成されたイスラム教徒の政治団体です)
却下された英国総督の旗
実際には使われなかった旗で、こんなデザインのものがあります。パキスタンの独立前、イギリス領インド総督だったルイス・マウントバッテン卿が提案したもの。
全インド・ムスリム連盟の旗のカントン部分に、イギリスの国旗を置くという提案。
イスラム教をあらわす新月と星のシンボルの横に、キリスト教のシンボル十字架が描かれているというデザインでした。
パキスタンのムスリムは決してこの旗を受け入れないであろうとして、ムハンマド・アリー・ジンナーはこのデザイン案を却下しました。
マウントバッテン卿は、インドの方にも同じパターンのデザイン(当時のインドの国旗のカントン部分にユニオンジャック)の国旗を提案しましたが、こちらも拒否されました。
1971年には、東パキスタンがバングラディシュとして、パキスタンから独立しました。
パキスタンの国データ
正式名称 | パキスタン・イスラム共和国 |
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英語表記 | Islamic Republic of Pakistan |
漢字表記 | 巴基斯坦 |
首都 | イスラマバード |
略号 | PAK |
面積 | 29万6000㎢(日本の約2倍) |
人口 | 2億777万人 |
通貨 | パキスタン・ルピー |
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言語 | ウルドゥー語、英語 |
民族 | パンジャブ人、シンド人、パシュトゥーン人、バローチ人 |
宗教 | イスラム教 |
独立年 | 1947年(イギリス領インドから) |
国旗の比率 | 2:3 |
在留邦人数 | 1078人 |